「・・・・・・(そして王は神より報奨を賜った)」

その言葉を士郎が発すると同時に、玉座が光りだす。

その光を見ながら士郎は思い出していた。

これを始めて見た時の事を。

六十九『報奨』

それを見たのは四ヶ月前。

『影』との激闘で昏睡状態に陥った時、士郎は・・・正確には士郎の魂は『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』内にいた。

そこで彼は彼自身の起源を現す詠唱を魂に刻み付けて帰還した。

しかし、彼が得たのはそれだけではなかった。

詠唱を身体に刻み付けている時、士郎は気まぐれなのか、それとも何かに導かれたのか玉座に歩み寄ろうとしていた。

夢の中ではこの謁見の間は何度も見ている。

しかし、玉座だけは靄にかかったようにまるで見る事が出来なかった。

だからこそなのだろう、そこに何があるのか好奇心故に玉座に向かって歩を進めようとしていた。

いや、後から思い返してみればそれだけでないようにも思えた。

無論、好奇心もあっただろう、あっただろうがそれ以上に何かに引き寄せられる、そんな気もしていた。

ほどなく士郎は玉座にたどり着く。

そこには玉座ではなく一振りの剣が突き刺さっていた。

刃から柄の部分まで一つの金属で創り上げ、鍛えられたような剣。

柄には布がぐるぐる巻きにされているがそれだけという、ある意味原始的な粗末な剣。

眼下に広がる聖剣、名刀など歴史や伝説に名高いそれと比べるとその外観は見劣りする剣。

だが、士郎は本能で悟った。

これは全ての剣の頂点に君臨する剣だと。

何故なら、ここから見ればわかる。

眼下の全ての剣がこの剣に平伏しているのだから。

剣は権力の象徴であるが故にその外観は豪奢でなければならないと言うのに、この剣は外観ではなく内面の力で名だたる剣の頂点に君臨している。

無意識なのか士郎の手はその剣に伸ばされる。

後少しでその剣に触れようとした時、

「いやいや、その剣を手にするのはよく考えた方が良い」

「!!」

何時からそこにいたのか、士郎の背後に陽炎じみた人影がいた。

「至高の頂に手を届かせた少年よ。それを手にするのはよくよく考えた方が良い。それを手にすれば君は人でなくなる」

「?それは一体・・・」

「言葉のままだ、君がそれを手にすればどうなるか見せてあげよう」

そう言った途端、別の光景が注ぎ込まれた。

自分ではない自分がこの剣を手にしてから迎える事になる壮絶な、悲惨な人生を。

親しかった友に、愛していた人に疎んじられ、石を投げ付けられ、故郷を追い立てられ、その後も行く村、行く町、行く国、あらゆる土地で憎まれ恨まれ、蔑まれ、裏切られ続けられ、それでも人々を守る為に、救う為に戦い続け、それでも報われる事はなく誰からも感謝される事はなく、最期は誰にも看取られる事も無く孤独に生涯を閉じる・・・

次々と現れる人生は程度の差こそあれ、どれもこれも人並みの幸福とは程遠い辛苦に満ちたもの。

その数々の人生に士郎ですら息を呑む。

「・・・これがこの剣を手にした者達の結末だ・・・この剣を手にすれば死後の栄光は約束される。しかし、それと引き換えにして生ある時に幸福は決して訪れる事はない。剣神が認めた者にだけ与えるただ一つの報奨、それがこの剣だ・・・少年、焦る事はない。真に手にしなければならぬ時にこれを手にするかどうかを決めよ・・・」









そんな回想に耽りながら玉座は光と共に一振りの・・・あの剣に姿を変えていた。

(・・・抜くか・・・)

士郎の脳裏にあの声が響く。

(ええ・・・考えに考え抜きました。確かにこれを抜けば俺は全てを失うかもしれない・・・でも)

(でも?)

(俺が見たあの人達は・・・皆笑っていた。心の底から満足そうに逝った。きっと満足していたと思う。悔いなんて微塵も存在していなかったんだと思う。きっと多くの人を助ける事が出来たから・・・最期まで守る事が出来たから。だから俺もこれを抜く。守りたい人達を守る為に)

(・・・そうか・・・やはりその道を選ぶか不器用な者よ・・・剣神よ、とくとご覧あれ。今、剣(貴方)は新たなる・・・そして最強の代理人を得た)

語尾に重なる様に士郎はその剣を引き抜く。

この時、衛宮士郎の運命は確定した。

どんなに彼を慕い愛する者がいるとしても彼に幸福はもはや訪れない。

彼に与えられるのは死後に与えられる神霊としての栄光を引き換えにした苦難と絶望の人生。

生前にただ一つだけ与えられる神からの報奨、剣神が代理人として認めた証それがこの剣。

それ故にこの剣に与えられた名は『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』

全ての剣の頂点に君臨し、全ての剣の前に立つ剣神だけが使う究極の剣。

士郎が『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を引き抜くと同時に『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)から全ての剣が姿を消す。

王である究極の剣が抜かれた今、もはや自分達に出る幕はない、そう判断したかのようだった。

それを確認するように一歩、また一歩とその手に『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を持ち、『影』に近寄る。

一方の『影』は自身の『象徴(シンボル)』の特性上その場から動く事は出来ない。

だが、それに合わせる様に、『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』からも影の軍勢が一人残らずその姿を消した。

もはや固有世界ですら彼らの・・・それぞれ『象徴(シンボル)』を手にし、代理人となった彼らの前では役者不足甚だしいと言うかのように。

やがて、士郎は『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』と『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』の境界線に立ち、ただこの戦争で幾度となく激戦を交えてきた男と視線を交える。

『影』との距離はおよそ二、三百メートルだろう。

何もせずただお互いの顔を見つめ続ける二人。

この戦いが次の一撃で終わりを迎える事を誰よりも熟知しているのだろう。

だからなのか互いの顔を見つめ続ける。

だが、それもただの感傷と割り切ったのか士郎が口を開く。

「・・・決着をつけようか」

「ああ、これで最後だ『剣の王』よ」

「行くぞ・・・『影の王』」

同時に二人の魔力が爆発的に膨れ上がる。

「「あああああああああ!!」」

ありったけの魔力を注ぎ込み、この一撃で相対する己が人生最強の敵を討つべく構える。

「おおおおお!影の王位にて受け継がれし(ロード・オブ)!!」

真名が発せられる。

魔力を発散させる影は杖から展開が終わり、後は主である『影』の命を待つばかり。

その『影』は『影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)』を持つ手とは反対側の腕を極限まで引き絞る。

その手は手刀の突きを連想させる。

「はあああああ!剣神より下賜されし(バウンティ)!!」

真名が命ぜられる。

士郎の両脚に魔力と力が込められる。

剣を上段に振りかぶり、士郎の周囲の空気が奇妙に歪む。

そして同時に

「覇者の杖(シャドー)!!」

「報奨の剣(ソード)!!」

真名は開放された。

士郎の脚が駆け出す、いや、正確には最初の一歩のみ駆け出し、後は大地を爆発するかのような魔力ジェット噴射の様な推進力を生み出し士郎は鋼色の風となる。

『影』の引き絞った腕は一気に振り抜かれた。

手刀の突きは『影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)』から吹き出す影を通り抜け、同時に『影』の腕の影はあり得ないほどの長さと速さをもって士郎に・・・正確には士郎の影に迫る。

距離がゼロとなるのに一秒もかからず剣と影の王は交差する。

決着はついた。









「無駄骨って・・・どう言う事?」

突然のアルクェイドの変貌についてこれない一同を尻目にアルトルージュが問いかける。

「単純な話よ。ここに入り口はない」

「は?ない?」

アルクェイドの言葉に呆然としていた他の面々がようやく再起動を果たす。

「それってどういう意味ですか!」

「まさか志貴ちゃん達ここにいないってこと?」

「そうではない。確かに幼き姫に愛されし伴侶と剣に見出されし男は既に中にいる」

「では入り口がないと言うのは一体どう言う事ですか!」

「簡単な事ではないか、あ奴が消しただけよ」

「消した?」

「言葉のままではないか。あれが受け入れるものを受け入れたと同時に城門もそこから先の道をも消し去った。ここに入り口はもはや存在しておらぬ。おそらく存在しておるのはいくつかの部屋とそこに繋がる道だけであろうな」

「存在していないなら作れば」

「やめよ。下手に手を出せば城が崩れるぞ。そういう風に細工したみたいだからの」

力任せに道を作ろうとしたがその言葉で止まる。

「じゃあどうすればいいの言いますの!」

「待つしかあるまい。全ての決着がつくまで」

そう言って髪は再びショートカットに戻りアルクェイドを支配していた空気も軽いものになる。

「だってさ。うかつに手は出せないから志貴と士郎が戻ってくるのを信じて待つしかないって事みたい」

そっけない口調だがその言葉の節々に志貴達を助けに行けれない自分への憤りを隠そうともせず不貞腐れたように『闇千年城』に背を向けてキャンピングカーに背をもたれさせる。

今のアルクェイドは不機嫌を全身で表現しているので誰も近寄れない。

その代わりにだろうか全員を代表して凛がアルトルージュに話しかける。

「い、一体どうしたっていうのよ?さっきのアルクェイド、まるで別人だったけど」

「大本は同じだけど実質上は別物よ。さっきのが『朱い月』の後継たる器に選ばれたアルクちゃんよ」

さらっととんでもない事を口にしそれを聞き、その意味の重要性を理解したメンバーは残らず声にならない絶叫を上げ、理解できなかった面々はただただ、首を傾げるだけだった。









互いに背中合わせの状態で微動だにしていなかった。

『影』は『影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)』の真上で手刀を突き出す形で、士郎はその真後ろで『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』を振りおろし、中腰でただ佇む。

しかしそんな二人に変化は直ぐに訪れた。

まずは士郎が、

「ぐっ・・・」

苦痛なのか表情を歪ませるや、首から血が噴き出る。

重傷なのは間違いないが頸動脈は幸いにして切られていないようだ。

「・・・見事か・・・『剣の王』」

そう言うや今度は『影』がぐらりと揺らぐ。

「!!がはっ」

肩口から袈裟斬り一閃に斬り裂かれ、口から血を吐き出しその場に倒れる。

僅かの差だろう、二人の勝敗を分けたのは。

軌道、速度等々・・・挙げればきりがない。

だが、二人にはただ一言で十分だ。

『天が士郎を勝たせる事を選んだ』

ただそれだけで。

一気に『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』、『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』が消え去り、『血鍵闘技場』の姿に戻る。

『影』の手にはもう『影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)』は握られていないが、士郎の手には『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』が未だ握られている。

「・・・『影の王』」

「・・・俺の負けだ。『剣の王』」

傷口を抑えながら『影』に近寄る。

「見事だ。俺の『影の王位にて受け継がれし覇者の杖(ロード・オブ・シャドー)』はお前の影を掠める事しか出来なかった・・・だが・・・お前の剣は寸分の狂いなく俺の身体を切り裂いた」

「・・・」

重々しい沈黙は長くは続かなかった。

沈黙よりも重々しい音と共に闘技場の扉が開いた。

それは『影』が間もなく死ぬと言う事に他ならない。

「行け、『剣の王』衛宮士郎。お前は俺に勝ったその事を誇れ」

「・・・」

万感の思いを一瞬の視線にだけ込めて士郎は立ち上がると『影』の脱ぎ捨てたマントの一部を切り裂き、それを首に巻いて緊急の包帯代わりにしてからそのマントを羽織る。

「・・・せめての報奨にこいつは貰っていく・・・お前と言う偉大なる敵手の事を忘れえないために」

「ああ、持って行けさらばだ・・・」

「・・・ああ」

その言葉を背に士郎は『血鍵闘技場』を後にする。

士郎が出るや扉は再び重々しく閉まろうとする。

「・・・陛下、最期まで陛下のお力となれずここで果てる我が不忠・・・どうかお許しを」

『影』の瞳に一筋の涙が零れる。

死への恐怖ではなく、この世界でただ一人忠義を貫き通した主君を思い、その主君の力にならぬわが身を恥じて。

「せめて・・・陛下より頂戴いたしましたこの力、今こそお返しいたします。どうかお納めを」

そう言うや『影』の身体から一塊の影のようなものが分離し、閉まる直前だった闘技場から抜け出る。

「・・・人であった頃はろくな生ではなかったな。だが・・・陛下にお会いできた事は・・・そしてあいつらに会えた事は・・・わが生涯において最大の誉れ・・・」

消えていく・・・影の様に『影』の身体は消えていく。

「・・・良い生涯だった・・・最良の主君に最良の仲間、何より俺が全てを賭けて討ち取りたいと願う最強の敵と巡り会えた・・・まあ敵は討ち取れなかったがな・・・陛下これで今生のお別れでございます。どうか・・・どうかご武運を」

その瞬間、闘技場の扉は完全に閉まり『影』の身体はその名の通り影に立ち返ったように消え失せた。









床、壁、空間。

『六王権』があらゆる場所をその手で触れる度に様々なものが招聘され志貴に襲い掛かる。

火弾であったり岩の塊、水弾、風の刃となんでもござれだ。

その息をつかせぬ連続攻撃をたやすくかわし、時には殺して『六王権』に肉薄する志貴。

『直死の魔眼』は寸分の狂いも誤差もなく『六王権』の死線と死点を捉える。

南米で出会ったORTと同じでない事が分かっただけでも勝ちの目はある。

閃鞘・七夜で一気に距離を詰め線を通そうとするが、それを簡単に許すほど愚かではない。

岩の壁が志貴と『六王権』の間を遮る。

だが、志貴は当然だが壁をバターよりもたやすく両断するが視界が開けた時には『六王権』は距離を取り、片っ端から触れていたのだろう、ありったけの攻撃が志貴に襲い掛かった。

「ちぃ!」

―極鞘・玄武―

よけきれないと直ぐに判断を下したのだろう、その手に『聖盾・玄武』をかざすや

―霧壁―

最強の盾を展開全ての攻撃をひび一つ入れる事無く受け止め尽くす。

だが、『六王権』も二の矢は既に施していた

アルティメット・デスー

死神を招聘するや死神の大鎌が霧壁を破壊する。

「くそっ!端末とはいえ本物の死神が相手じゃ霧壁でもきついか」

『聖盾・玄武』を解除し自身をも殺そうと大鎌を振り下ろそうとする死神の死点を突く事で死神をも殺し、体勢を立て直すべく『六王権』から距離を取る。

「ほう、気づいたか?これが端末に過ぎない事に」

「そりゃ気づくさ。これでも一回本物の冥府見てきた身だ。当然見ているよ本物の死神ってやつを」

「さすがだな。それを見抜ける眼力もさる事ながら、端末とはいえ死神すらも殺せる手腕も・・・至ったかお前も」

「・・・さあな。これが至ったのかどうかも俺にはわからない事だらけだからな」

「何にと言っていないにも関わらず、わかる時点でお前は既に至っている」

「どうかな?指し示しているものが違うかもしれないぞ」

互いにニヤリと笑う。

だが、その時『六王権』の傍らに不自然な影の塊が寄り添う。

「!!」

それを見た瞬間『六王権』の表情が驚愕に彩られる。

「志貴!」

それと同時に士郎がようやく玉座の間にたどり着く。

「士郎!・・・そうか決着はついたのか」

「ああ」

志貴は、士郎がある意味見慣れたマントを羽織った姿にしばし口籠るがそれでもここに士郎がいる事に全てを悟ったのだろう。静かにそれだけを確認し、士郎はそれに声少なく肯定する。

一方の『六王権』はただ、それを凝視する。

「お前も逝ったのか『影』・・・わが影にして我が半身よ・・・結局お前にも『六師』にも捧げてくれた忠に対して十分な労いを与えてやる事は出来なかったか・・・このような愚劣な主君にお前達は・・・」

やや体が小刻みに震えている。

泣いているのかもしれない。

だが、そんな『六王権』の影にその影が潜り込んだ時その震えは止まった。

「そうか・・・そうであるな・・・お前達は全てを賭して私の為に戦ってくれた・・・それならば私がお前達に返してやれる労いはただ一つだけだな・・・」

二人の背筋に悪寒が走る。

「我に忠を捧げ尽くしてくれたお前達の為にも負けられぬ・・・来い『真なる死神』、そして・・・『剣の代理人』よ。お前達をここで葬り、私は先を進む」

何かが変わった訳でもない。

だが、『六王権』の威圧がさらに膨れ上がった。

心なしか先程よりも大きく見える。

「志貴、文句言うかもしれないが手貸すぞ」

「あいつとは・・・さしで決着を付けたかったんだけどな・・・そんな個人的感情を優先出来ないか・・・士郎背中預けるぞ」

「ああ」

改めて志貴は『七ツ夜』を、士郎は『剣神より下賜されし報奨の剣(バウンティ・ソード)』をそれぞれ構え直す。

「では・・・行くぞ。お前達の屍をもって改めて人を・・・この星を腐らせる元凶を滅ぼす狼煙とする!」

同時に両者は対峙する。

『蒼黒戦争』最後の戦いはこの時、本当の開幕の鐘を鳴らした。

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